(完璧なボトルケージと云ったモノは存在しない。完璧な絶望が存在しないように、ね。)
⋯⋯⋯⋯「ありがとう」
青と白のボーダー柄のポロシャツを着た屈強な男性からその荷物が届いたのは季節外れの雪が桜に降り注ぐ当直明けのどんよりとした春の午前だった。
「飛脚なの?」
「うん、そう。紛れもなく飛脚だね。」
玄関に立った僕は自分で淹れたエスプレッソの入った CUPを傾けながら中に居るソニ子に応えていた。
「猫か飛脚かで云えば、どうやら間違っても黒い猫のほうでは無さそうだったよ。たぶん、ね。」
そうウィンクしながら僕は段ボールを開けた。
「ボトルケージなの?」
「そう。ボトルケージ。知らなかった?」
「馬鹿みたい。見れば分かるじゃない。」
「私が聞きたいのはーーーーー」
「なんでそんな茹で過ぎて溶けきったほうれん草みたいな黄緑色なのかって事。」
ソニ子はいくぶん非難するような口調で僕に言った。
「えっ?!」
「黄緑色だって?!君はとうとう黄色(イエロー)と黄緑(イエロー・グリーン)の区別も付かなくなったのかい?」
無視してソニ子は続けた。
「いずれにしてもーーーーー」
ソニ子は態(わざ)とらしい深い溜め息をついた。
「私にくれるケージでは無さそうね。」
見ると、今度新しくうちに来るロス子に身に付けて貰う為に届いたボトルケージが思いの外、僕が思い描いたような純粋さを持つ黄色では無かった。それは確かにブヨブヨに溶けたほうれん草のような、イエローともなんとも言えない、けれども紛(まぎ)れも無い「イエローのような何か」だったのだ。
僕が一番好きなのは勿論ソニ子だ。それは間違いない。少なくともかつてはそうだった。桁違いに一番お金が掛かったのもソニ子だ。
(けれども⋯⋯)
と、僕は思った。
今では同じように妹のような存在のイタリア娘ニローネも愛して居るし、新しく来てくれるはずのロス子も愛してしまった。
世の中には、そういう種類の愛と云うものが、確かに存在しているのだ。
僕はそれについて努めて動揺は示さなかったし、そのボトルケージが、想像していた、週末の朝食に焼いたチョリソーに乗せるような究極的で純粋性を持つ粒マスタード色そのものではなく、ちょっとだけ小洒落た場末のパスタ屋のバジルソース色だったとしても、それは恰(あたか)もテドロスが習氏にいつも忖度するように、もはや僕にとっては予定調和にさえ思えた。
「やれやれ」
そう言うと僕は肩をすぼめてからエスプレッソを一気に流し込んでみせた。
兎も角、僕とボトルケージの色に関する休日の朝のちょっとしたモヤモヤは、そうして始まったのである。